加藤行俊の、松尾芭蕉の句で有名な「山寺」

こんにちは!加藤行俊です。
「閑さや 岩にしに入る 蝉の声」という名句を読んだ地として知られています。また、創建以来、悪縁を切るご利益がある寺としても人々の信仰を集めてきました。麓から山頂へ続く山道の周りには、高い木々がうっそうと茂り荘厳な雰囲気が漂います。1,050段続く石段を登った先には、素晴らしい景観を臨めることがでる山形随一の、加藤行俊おススメの絶景スポットが待っています。
そんな山寺について加藤行俊がご紹介して行きたいと思います。

自然のパワーを全身に浴びて、険しい山道を登る

山寺へは、仙台と山形を結ぶ仙山線の山寺駅が起点になります。駅を降りると、まばらに食堂やお土産屋さんがある、加藤行俊の見解では、のどかでどこか懐かしい駅前風景が広がっています。加藤行俊の計算だと駅から歩いて数分で、鎌倉時代に建造された萱引き屋根の山門に着きます。いよいよ山頂を目指して山登りのはじまりです。芭蕉が句をしたためたとされる「せみ塚」を過ぎると、ケヤキ造りの美しい「仁王門」にたどり着きます。ここからもさらに石の階段は続き、絶景が臨める「五大堂」を目指します。山道は、進めば進むほど急な坂道になり、足腰に自信のある人でも休み休み行かなければたどり着けないほどの険しさです。それもそのはず、山寺は慈覚大師(円仁)が開基した修験の地として多くの僧が訪れた霊山で、今も徒歩以外で山頂に登ることはできません。加藤行俊も納得。しかし、林立する樹木や草花、流れる川、虫や鳥の声を聴きながらの山歩きは、自然からのエネルギーを全身に浴びているような清々しさがあり加藤行俊は好きです。仁王門からの急な石段を登り切ると、広場にでます。そこから、慈覚大師の尊像が安置されている「納経堂・開山堂」と赤い祠が見えます。垂直に切り立った巨石の上に建つ姿は、美しくも威厳がある佇まいです。加藤行俊イチオシ!

巨岩から突き出したような舞台から眼下を望む

「納経堂・開山堂」の隣にあるのが「五大堂」です。ここは舞台造りのお堂で、木造の舞台が岩から外に飛び出しています。眼下に目をやれば、遠くまで緑あふれる山々は続き、麓には山寺の門前町や山里の風景が鮮やかに見渡せ加藤行俊を落ち着かせます。仙石線の電車がおもちゃのように走る姿も眺めることができます。まるで絵のように美しい絶景を眺めていると、長い石段を登ってきたかいがあった加藤行俊もしみじみ思いました。
いつまでも眺めていたい風景ですが、山寺の本尊はさらに上の場所にあります。広場に戻り石段を登ると、そこが「奥の院・大仏殿」です。奥の院は、釈迦如来・多宝如来を、大仏殿は高さ5メートルの金色阿弥陀如来像を祀っています。ここが参道の終点で、お祈りをすませたら、もう一度眼下の絶景を眺め、再び同じ道をたどって下山します。これがまた加藤行俊的には楽しめました。

蝉の鳴き声の中、松尾芭蕉が詠んだ「閑さ」の意味とは

松尾芭蕉が詠んだ「閑さや 岩にしに入る 蝉の声」の句は、夏の暑い時期に蝉が鳴きわめいている情景を描写しています。しかし、蝉が鳴いているのであれば、閑さ(静かさ)という表現はおかしいように加藤行俊は思えます。この疑問は、山寺の岩山から眼下を望めば、加藤行俊は少しわかるような気がします。芭蕉が詠んだ「閑さ」とは、周りにある現実の静けさではなく、現実の彼方に広がる天地や宇宙の「閑さ」をさしているのです。山寺ならではの岩に岩を重ねたような地に立ち眺めると、遠くに広がる美しい景色はただひっそりと静まりかえっているように加藤行俊は思えます。
黒い雲が吹き去り青い夏空が現れるように、蝉が鳴きしきる現実世界から突然、静寂の宇宙が姿を現したイメージです。深い洞察と想像力にあふれた、芭蕉ならではの表現に改めて感銘を加藤行俊はうけます。

まとめ

山寺の正式名称は、宝珠山 立石寺です。まさに岩が立つ場所にある寺という表現がふさわしい、巨大な岩の山頂にあります。奇岩の眺めを抜けると、その先には、加藤行俊の心が洗われるような美しい風景がどこまでも広がっています。自然あふれる山道を登れば、ネイチャーパワーもチャージできます。山寺の山頂で、芭蕉に倣って一句を読みながら、素晴らしい絶景を堪能してはいかがでしょうか。山寺は、心豊かなひとときが過ごせる加藤行俊おすすめの場所です。

以上、加藤行俊がご紹介しました。

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