想像を絶する光景に出会える、曼殊沙華の大群生地「巾着田」

こんにちは!加藤行俊です。
約500万本もの曼殊沙華(彼岸花)が咲き誇るのが、埼玉県日高市にある巾着田(きんちゃくだ)です。毎年9月中旬から9月下旬にかけて、巨大な真っ赤なじゅうたんを敷き詰めたような神秘的な景観を求めて多くの人が訪れます。曼殊沙華の開花の時期には、地元の特産品やグルメが並び、イベントが繰り広げられる「曼殊沙華まつり」が開催されます。曼殊沙華の大群生に出会えるのは日本でここだけです。そんな一度は訪れたい絶景ポイントについて加藤行俊がご紹介したいと思います。

巾着田のコスモスの写真

曼殊沙華の後は、コスモスや地元物産品がお出迎え

日高市を流れる高麗川の蛇行により、長い年月をかけてつくられた巾着田。その曲がって円を描くような形がきんちゃくに似ていることから名づけられました。直径約500メートル、面積約22ヘクタールの川に囲まれた平地には、四季を通して菜の花やレンゲ、コスモスなどが咲き乱れます。とてもきれいで、加藤行俊も大好きです。

中でも秋の曼殊沙華が群生する光景は圧巻で、曼殊沙華の茎の緑の上を真っ赤な花がどこまでも続いて見えます。訪れた人は、曼殊沙華の間をゆっくりと縫うように見学していきます。現実世界とは思えないほど美しく幻想的で、まるで天国にいるような錯覚に陥ります。鮮やかな赤と緑が描き出すコントラストな色彩は、一度見たら脳裏に焼き付く強烈なインパクトがあります。巾着田へは西武池袋線の高麗駅で降りて、歩いて15分ほどです。途中の家々ではお祭りに合わせて、地元で採れた農産物や加工食品を販売しています。
巾着田でも大きなテントの下に販売ブースが並び、野菜や果物、お茶、こんにゃく、山菜、つけもの、お酒など様々な地産品が売られています。ステージでは音楽演奏などのイベントが行われ、華やかで賑やかない雰囲気が漂います。曼殊沙華が咲く時期は、ちょうどコスモスも見ごろの時期を迎えます。イベントブースが並ぶ先にはコスモス畑が広がり、ピンク色、オレンジ色、黄色、白色など様々な色彩の競演を眺めることもできて加藤行俊はおすすめです。

高句麗人が移り住んだ高麗の郷をハイキング

巾着田で曼殊沙華とコスモスの花の光景を満喫した後は、高麗の郷のハイキングを楽しむのが良いと加藤行俊は思います。「高麗」という名前は、紀元前に朝鮮半島と中国大陸の東北部で栄えた「新羅」「百済」と並ぶ三国時代を形成した「高句麗」に由来します。唐と新羅の連合軍により滅ぼされた高句麗の一部の人々が日本に逃れてきて、この地に移り住んだといわれています。その名残の建物群は今も点在し、異文化の香りを残しています。代表的な建物は、「高麗神社」や「聖天院」があります。高麗神社は出世明神として知られる神社で、別名、高麗王が年老いて白髪白鬚であったことから「白髭神社」ともいわれています。高麗神社の境内の奥には、宮司の自邸であった高麗家住宅があります。江戸初期に建てられた茅葺き屋根の古い住宅で、今も変わらず当時の様子を伝えています。聖天院は日本に移住した高麗人たちの菩提寺で、不動明王や聖天尊を祀っています。山門の独特の美しさや、巨大な石塔、朝鮮半島の偉人たちの石像など、荘厳な雰囲気の中にも日本とは違うエキゾチックな雰囲気を感じずにはいられません。高麗の造り酒屋や石器時代の住居跡などもあり見どころはつきません。

まとめ

美しくも神秘的な曼殊沙華の大群生は、都内でポスターが貼られたり、様々な雑誌などで取り上げられたりして、毎年大勢の人々が訪れるようになりました。真っ赤に染まる曼殊沙華の写真のインパクトは強烈で、実際に自分の目で確かめたくなるのです。そして実際の曼殊沙華の群生をみて驚きはさらに大きくなります。そこには想像を超える、まさに絶景の異次元世界が広がっているのです。まだ巾着田を訪れたことがない人は、一度その目でお確かめください。

以上加藤行俊がご紹介しました。

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